広島高等裁判所松江支部 事件番号不詳 判決
主文
被告人を懲役一年に処する。
押收の売渡証書(証第二号)は之を沒收する。
訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
第一事実
被告人は農業の傍ら昭和十八年三月頃から大阪在住の吉川庄治郞(当七十六年)に賴まれて同人の長男正一名義の鳥取県東伯郡浅津村大字上浅津字宮の本一番の三の土地及び其の地上に建設してある建物の管理を業とし右建物の一部に居住して、右所有者等が遠方に居住していて其の監督も行き届かないところから右建物を使用して勝手に旅館業のようなことをやつたり右土地内から湧き出る鉱泉を利用して入湯料を取つたりして自分の利益を図つて居たものであるが
(一) 被告人が居住して居る前記土地五百四坪の内北側の稍中央六十坪(但し鉱泉半坪を含む)及び右地上に建設してある家屋番号第一六七号木造瓦葺平屋建居宅一棟建坪四十四坪一合二勺の内西北側に位する瓦葺平家建四間に二間半の建物十坪(但し此の内に炊事場、物置、浴室を含む)を自分の私有にしたいという考えを起すようになり、昭和二十年二月上旬頃情を知らない司法書士山田順に依賴して行使の目的で擅に吉川正一名義を冐用して同年同月一日附同人が被告人に対し右土地建物を代金四千円で売渡し同日内金三千円を受領し残金一千円は昭和二十五年迄に支拂い之と同時に所有権移転登記を為す旨の虚偽の事実を記載した売渡証書一通(証第二号)を作成させ其の頃吉川庄治郞が大阪から來て右建物に居住して居るのを幸い同行して居た同人の妾亡田村あいに依賴して庄治郞の保管する正一の実印を右証書の同人名下に盜捺させて右証書の偽造を完成し
(二) 次いで同年十二月十八日情を知らない前記山田順に依賴して同人をして倉吉区裁判所登記官吏に対し右偽造の証書を直正に成立したものとして提出させて確定日附の押捺方を申請し因て右偽造私文書を行使し
(三) 昭和二十年夏頃前記庄治郞が疎開のため家族と共に大阪市を引き上げて前記家屋に居住するようになつてからは庄治郞等と被告人との間が円満に行かず庄治郞は人を介して被告人に右家屋から立退方を要求したが被告人は元々(一)記載のように右家屋を自分の私有にしたい下心を持つて居たものであるから種々言を構えて之を拒否したので庄治郞は被告人の強硬な態度に弱つて居たおりから昭和二十二年七月頃被告人が庄治郞に無断で被告人居住の家屋に建増をしたことから庄治郞の憤激を買い同人が駐在所の巡査に届出でるに至つたところ被告人は逆に(一)記載の偽造の売渡証書が手中にあるのを幸い右家屋を自分の物とすることを決意し同年九月二日倉吉簡易裁判所に対して吉川正一を被告として右家屋の所有権を主張してその所有権移転登記手続を求める旨の民事訴訟を提起しよつて被告人が業務上保管して居る右不動産を自己の物とする意思を表明して之を横領したものである。
第二 証拠(省略)
第三 法令の適用
被告人の判示所為中(一)の私文書偽造の点は刑法第百五十九条第一項に(二)の偽造私文書行使の点は同法第百六十一条第一項第百五十九条第一項に(三)の業務上横領の点は同法第二百五十三条に各該当するころ判示(一)の所為と判示(二)の所為とは手段結果の関係にあるので刑法第五十四条第一項後段第十条を適用して犯情の重い私文書偽造罪の刑に従い右と判示(三)の所為とは刑法第四十五条前段の併合罪であるので刑法第四十七条第十条を適用して重い業務上横領罪の刑に法定の加重をした刑期内で被告人を懲役一年に処する。
押收の主文掲記の証書は本件(一)の犯行より生じた物件で被告人以外の所有に属しないものであるから刑法第十九条第一項第三号第二項を適用して之を沒收し、訴訟費用は旧刑事訴訟法第二百三十七条に則り全部被告人をして負担させることとする。本件公訴事実中被告人は昭和二十年十二月十八日偽造私文書を倉吉区裁判所登記官吏に呈示して右証書に対する確定日附の申請を為し同裁判所備付の右証書記載の土地建物の売買の事実を証明する確定日附簿に其の旨の記載を為さしめよつて公正証書原本に不実の記載をさせたとの事実は確定日附簿は権利義務に関する公正証書とは解し難く偽造文書を呈示して確定日附を得たとしても刑法第百五十七条の公正証書原本不実記載罪を構成しないと解するのでこの事実は罪とならず無罪であるが右事実は判示私文書偽造、同行使罪と手段結果の関係にありとして起訴されたもので特に主文に於て無罪の言渡をしない。(昭和二四年五月二五日広島高等裁判所松江支部判決)